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最高裁判所第一小法廷 昭和22年(れ)50号 判決 1947年11月24日

主文

本件上告を棄却する。

理由

辯護人津田騰三同原田光三郎上告趣意は「一、原審判決ハ法令ニ違反スルヲ以テ破毀スベキモノ也。原審判決理由ニ依レバ被告人に對シ刑法第百七十七條前段、並ニ第百七十九條ヲ以テ所罰ヲ爲ス旨判示セリ。即チ被告人ニ對シ強姦未遂罪ノ適用ヲ爲シ居ルモノ也。然レドモ該刑ノ適用ニ就イテハ被害者ノ身分名誉等ヲ考慮スベキモノナルガ爲メ刑法第百八十條ヲ以テ親告罪ノ適用ヲ爲スモノトス。本件強盗強姦罪ノ經過ヲ見ルニ第一審判決ニ於テハ被告人ニ對シ刑法第二百四十條及ビ第二百四十三條ノ適用ヲ爲シテ強盗強姦ノ未遂罪ヲ以テ被告人ヲ所斷シタルモノ也。然ルニ第二審ト爲リテ右ノ内強盗罪ニ就テハ之ヲ無罪トシテ判決内容ヨリ滌除シ前記ノ如ク強姦未遂罪ヲ以テ獨立ニ之ヲ所斷セリ。本件起訴ノ際ニ於テハ被害者及ビ其ノ法定代理人ノ告訴無カリシモノナルヲ以テ本來ナラバ起訴條件ヲ欠缺セルガ爲メ起訴スベキモノニ非ザルモノナルガ本件内容ヲ強盗強姦未遂罪ナリトシテ取扱ヒ特ニ起訴ヲ爲シタルモノ也。然レドモ第二審ニ於テ之ガ單ナル強姦未遂罪ナリシコトガ判示セラル、以上ハ當初起訴ノ際ニ於テ本件ハ單ナル強姦未遂罪ナリシ事トナルハ明白也。而シテ之ガ起訴ヲ爲スガ爲メニハ被害者又ハ法定代理人ノ告訴ヲ條件トセザルベカラザルハ論ナシ。本件起訴ノ當時ニ於テハ被害者ハ昭和二十一年八月三日松山警察署司法警察官警部補間口雅夫ニ對シ私ハ教員ト言フ身分關係ガアルノデ世間ニ擴ガルト非常ニ心配ガ増シマスノデ男ノ行爲ヲ真ニ恨ム行爲デ如何様ナ處分デモ加ヘテ貰イタイ様ナ氣持デアリマスガ、今話シタ立場ヲ考ヘ告訴ノ意思ハアリマセント述ベ告訴セザル意思ヲ明カニセリ。被害者ノ父モ同日同警察官ニ對シ私ガ此ノコトヲ知リマシタノハ昨夜デアリマスガ此ノ事ヲ知ッタ時表現スルコトノ出來ヌ位ノ憤ヲ感ジ對手ノ男ガ伴レバト立腹シタ位デアリマス。告訴ハセヌガ對手ノ男ヲ厳罰ニシテ呉レト言フハ、其處ニ矛盾モアリマスガ其處ハ被害者ノ親トシテ言ヒ知レヌ苦痛ノアル所デ此ノ點御賢察ヲ願ヒマス。ト述ベ亦告訴セザル旨ヲ明示セリ。尚亦被害者ハ同年八月十三日松山地方裁判所檢事ニ對シ相手ノ男ニ對シテハ厳重に御處罰願イ度イト思ヒマスガ告訴ハシマセヌト述ベ告訴ノ意無キコトヲ明示セリ。尚記録ニハ右即時録取シ讀ミ聞ケタルニ相違ナキ旨申立署名拇印シタリ、ト附記シテ告訴ノ意ナキ旨申立テシ事ヲ證明セル也(惟フニ被害者ハ法律ニ暗キヲ以テ之ノ際檢事ハ告訴ノ利害得失ニ就イテ懇切ニ説明セルモノト考ヘラル)。斯クノ如ク被害者並ニ法定代理人何レモ告訴セザル意ヲ明確ニセル親告罪事件ニ在リテハ、起訴スベキ理由無キハ當然ニシテ、若シ公訴ノ提起アル場合ニ於テハ公訴棄却ノ判決アルベキ筋合イモノナリ。然ルニ昭和二十二年六月二十一日、控訴審ノ公判ニ於テ被害者ハ控訴裁判所ノ檢事ニ對シ左ノ應答ヲ爲セリ、問(檢事)警察、檢事ニ對シ右ノ様ニ述ベタノハ厳重ニ處罰シテ貰ヒ度イト言フ丈ケノ趣旨デアッタトハッキリ裁判所ニ申上ゲルノカ、答(被害者)左様デアリマス、ト述ベテ被告人ノ所罰ヲ要求スル旨ヲ説述シタリ。然レドモ控訴審ニ於テ所罰ヲ求ムルコトヲ説述スルモ當初ニ於テ告訴セズト明示セル言葉ヲ告訴スル意味ナリト解スルヲ得ズ。告訴ヲ爲スベキ對手ノ檢事ハ第一審ノ檢事ニシテ第二審ノ檢事ニ非ザルコトハ学者ノ論ズル所也。告訴ハ起訴ノ條件ナルヲ以テ第二審ノ檢事ニ告訴スルコトハ効力無シ。更ニ又告訴ハ追完スルコトヲ得ザルモノナルコトモ学者ノ定説ナリ。告訴モ廣義ノ訴訟行爲ナルヲ以テ追完セザルヲ原則トス。且又前述ノ如ク告訴ハ起訴ノ條件ナルガ故ニ追完スルモ告訴トシテ効力無シ。不完全ナル告訴ニ對スル追完モ同趣旨ト解セザルベカラズ。況ンヤ告訴ハ親告罪ニ在リテハ六ケ月ヲ期間トス。昭和二十一年八月二日ノ事案ニ對シテ昭和二十二年六月二十一日ノ第二審ノ證人調ノ陳述ガ追完ト爲ルヲ得ザルハ勿論ノ事也。之レ告訴期間ヲ經過セルモノナルヲ以テ也。以上ノ理由ニ依リ本件ニ就イテハ被害者及法定代理人ノ告訴無カリシモノナルコト明カ也。或ル判例ニ依レバ親告罪ニ對スル告訴ハ犯人ヲ處罰セント要求スル意思表示アリタリト認ムベキ以上其ノ形式ノ如何ハ之ヲ審査スルノ要ナシトスル向アルモ、本件ノ場合ハ然ラズ。親告罪ノ制度ヲ認ムル趣旨ハ前記ノ如ク被害者ノ身分、地位、名誉ヲ重ンジ、該犯罪事実ガ公表セラル、ガ爲メニ被害者ノ蒙ルベキ精神上ノ苦痛又ハ社會上ノ不利益ト、之ヲ公表シテ被告人ヲ所罰スルコトニ依ル滿足感トヲ比較考量シ其ノ選擇ヲ被害者側ニ決セシメントスルモノ也。故ニ被害者トシテハ、被告人ノ厳罰ヲ求ムル感情ヲ惹起スルハ當然ナルモ、之ノ感情アルコトヲ以テ、直チニ告訴セリト爲スベキニ非ザルモノ也。本件ノ如ク當初ニ於テハ被害者ハ、教員ト言フ身分關係ガアルノデ之ノ風評ノ世間ニ擴ガルコトヲ非常ニ心配スル旨ノ供述アリ。之ガ爲メニ殘念ナガラ告訴ヲ爲サズト決意セルモノ也。被害者ノ父ニ於テモ同様ニシテ、告訴セヌガ被告人ヲ處罰ヲ求ムル矛盾ニ逢著シ居ルコトヲ卒直ニ供述シ、結局、告訴セズトノ意思決定ヲ爲セルモノ也。即チ被告人ヲ強盗罪トシテノミ處斷ヲ求メ強姦未遂罪ニ就イテハ不問ニ附シ敢テ公表ヲ希望セザルモノナル事ヲ認ムベキ也。之レ本件起訴前ノ被害者側ノ真意ナリシ也。斯ル真意ヲ後日ニ於テ曲解シテ告訴セズトハ告訴ヲ爲スノ意ナルヲ妨ゲズトスル事ハ到底不可能ノ事ニ屬ス。故ニ本件ハ當初ニ於テ告訴ノ意思無カリシモノナル事明白也。惟フニ被告三津田道幸ハ原審判決判示ノ如ク被害者ノ姿ヲ認メ、俄カニ劣情ヲ催シ二回ニ亘リ暴行ヲ遂ゲントシタルモ、被害者ノ抵抗アリシ爲メ遂ニ其ノ目的ヲ遂ゲズシテ立チ去リタルモノニシテ、其ノ行爲ハ誠ニ申譯無キモノナルガ、是レ全ク咄嗟ノ盲目的ナル衝動ニ支配サレタモノナル事ハ察知セラルベク深ク計量シタルモノニ非ズ。幸ヒ被害者ニ對シ生理上ノ迷惑ヲ及ボスニ至ラズ。被告人ニ於テモ深ク前非ヲ悔悟シ其ノ宅ヲ訪ネテ陳謝ヲ爲シタルコト記録ニ見ユル所也。斯カル事態ニシテ被害者ハ告訴ハセヌガ處罰ヲ乞フ旨ノ趣旨ニ違ハズ被告人ハ永ク拘禁セラレ且又警察ニ在リテハ相當ノ痛苦ヲ感ジタル旨モ記録ニ見ユル所也。カク被害者ノ要求スル所謂處罰ハ充分身ニ受ケタルモノナルヲ以テ、被害者トシテハ之ヲ以テ一應ノ要求ハ達セラレタリト見ルヲ得ベク、被害者ガ敢テ告訴セズトノ當初ノ意考ナレバ被告人ハ其ノ侭ニ隠密裏ニ釋放セラレテ事濟ミトセラルベキ性質ノモノナリシト思料セラル。然ルニ當初ニ於テ強盗強姦罪ヲ以テ擬律シタルガ爲メニ被害者ニ對シテモ、度々ノ證據調ニ依リ豫期セザル迷惑ヲ掛ケ、其ノ感情ヲ極度ニ刺戟シタルモノト考ヘラル。之レガ爲メ、後日ニ於テ、被告人ノ所罰ヲ求ムル旨補充シタルモノト思料セラルルモ、是レ事件ノ進行ガ偶々常道ヲ逸脱シテ発展セントシタルガ爲メニシテ、之ガ爲メニ當初ヨリ告訴ノ意思アリシコトヲ推知スル證據ト爲スヲ得ズ。叙上何レノ點ヨリ見ルモ本件ハ告訴ヲ欠ク親告罪ナルヲ以テ刑事訴訟法第三百六十四條第一號所示ノ如ク被告人ニ對シテ裁判權ヲ有セザルトキニ該當シ、公訴棄却ノ判決ヲ相當トスルモノナルニ拘ラズ、原審ハ之ニ有罪ノ判決ヲ下シタルハ違法ト言ハザルベカラズ」というにある。

因て案ずるに告訴は檢事又は司法警察官に對し犯罪事実を申告し犯人の處罰を求める意思を表示すれば足るものである。然るに、昭和二十一年八月十三日附檢事の被害者門屋哲子にたいする聽取書に依れば、同女は檢事にたいし論旨摘録の如く、相手の男に對して厳重に御處罰を願い度いと思いますが告訴はしませんなる陳述をしたことが明らかであって、これに依れば被害者が檢事に對し犯人の處罰を求める意思を表示したものと解し得られるのみならず、原審第二回公判調書に依れば、同女は證人として告訴と云ふ意味が處罰を望むと云ふ丈けのことであれば私が警察や檢事に對し述べた意味は告訴の趣旨であり、只私としては法律の事がよく判らなかった爲め告訴と云ふ意味が何か特別の訴のように思い私の立場上處罰は望むが告訴しないと述べたに過ぎない旨の供述をしたことが明である。從て原審が本件豫審請求の日である昭和二十一年八月十四日の前日たる同年同月十三日被害者は檢事に對し本件につき告訴を爲したものと認め、本案について有罪の言渡をしたのは相當であって、原判決には所論のような違法はない。從て論旨は理由がない。

よって、刑事訴訟法第四百四十六條に則り主文の如く判決する。

この判決は裁判官全員の一致した意見によるものである。

(裁判長裁判官 齋藤悠輔 裁判官 沢田竹治郎 裁判官 真野毅 裁判官 岩松三郎)

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